奪うなら心を全部受け止めて
「シートベルト、お願いします」
ルームミラー越しに視線を送られた。
カチッ。
「はい。大丈夫です」
「では、出発致します。宜しいですね?」
宜しいですね…、どういう意味で聞かれているのだろう。
単純に、スタートしますって意味?
それとも、もう後戻りは出来ない。出発してしまったら優朔のお父さんに会うけどいいかって事なのかな…。
…もう、乗っちゃったし。
「はい、お願いします」
選択肢はないと思う。そう答えるしかない。
松下さんはまたミラー越しに頷くと、車は音もなく滑るように発進した。
変な気分…。偉くもないのにいきなりこんな高級車の後部シートに座っているなんて…。
踏ん反り返っている訳ではないけどとても恐縮して終う。
そんな落ち着かない態度を気遣ってくれたのだろう。
「今日ですと、到着までここから30分くらいはかかります。
お昼のちょっと混む時間帯ですので。…まだ30分近くはリラックスされてて大丈夫ですよ?」
えっ、と思わずミラーに顔を向けた私に、クスッと笑いかけてきた。
少しだけ現れる目尻のシワと上がった口角…。
あ…。恥ずかしい。ミラー越しだとはいえ、素敵な笑顔に魅了されて終った。パッと目を逸らして俯いた。私ったら…。なんだろう…。こんな態度をしてる方がもっと恥ずかしくなるのに。見惚れてしまう程、懐かしささえ感じてしまうのは何故だろう?…。
「…はい、有難うございます」
でも…。
「似てるのかな?」
「え?」
「優朔と、俺。似てる?」
「えっ?俺?」
「従兄弟なんだよ?優朔とはね」