奪うなら心を全部受け止めて
…そうなんだ。言われたからって訳じゃないけど、そう言われると、全くそっくりって訳じゃないけど、面差しが似ているような気がしてくる。…だからドキッとしたりしたのかな。…。
従兄弟じゃなくても、素敵な人だからかも知れない。どちらにしても…素敵である事に間違いはない。優朔の家系はみんなこんな感じなのかな。
「本当はお食事をしながらと思いましたが、スケジュール上、難しくなってしまって。
社長というのは、人に会うのが仕事というか…。とにかく、会食やら何やらと…やたらと多くて…。
お会いする場所も、会社の社長室なんてところでは堅苦しいからと思ったのですが…。
時間的に難しくなりましたので、社長室になって終いました。申し訳ございません」
砕けた言葉遣いから、また秘書らしい言葉遣いに戻っていた。
「私は、…どこでも変わりません」
「そろそろ着きます」
ミラー越しに声を掛けられた。
「…はい」
有り難うございます。気持ちを作れってことね。少し背筋を伸ばして姿勢を正した。
ここら辺りでは聳えるような高い建物…。
そのビルが見えて来たと思ったら、減速され、ハンドルを左に切られた車はゆっくりとさらにスピードを落としながら、地下駐車場に吸い込まれて行った。
「さあ、どうぞ」
エンジンを止め、運転席から降りて来た松下さんは、ドアを開け手を取ると、降りるのをエスコートしてくれた。
「こちらへ、お願いします」
黒革の手帳を手にして、エレベーターに向かう松下さんの少し後ろをついて歩いた。
はぁ…。
「どうぞ。これは直通のエレベーターです。ここから社長室までノンストップです。…乗ったらもう引き返せませんよ?」
え?また確認された。…警告?
精悍な顔になっている。室内の鏡に映る私の顔も、自然と引き締まった。
気持ちも引き締めないと…。
「…はい」
返事をするとボタンが押された。扉が静かに閉じていった。
重力に逆らっているとは思えないくらい、静かに一気に上昇する中、松下さんは意外な事を口にした。
「話が終わったら、一緒にご飯食べようか?」
「へ?…え?」
あっ。終った…。突然の問い掛けと意外な内容に間抜けな声を出して終った…。だって…急に砕けるから…。不意をつかれたからよ。
「フ。優朔の従兄弟のお兄ちゃんとして。今日は、この後、話が終わった貴女を送る迄が…俺の仕事なんですが。
本来、俺は今日、休日でしたから。貴女の知らない優朔の話でもしながら、独り身の俺のお昼ご飯につき合ってくれないかな?」
チン。
「おっと、着いてしまいましたね。さあ、こちらへ」
「あ、はい」
松下さんは私の顔を見て一つ頷く。
「また、お迎えにあがりますから。その時に」
言い終わると顔が引き締まった。
コンコンコン。
「松下です。谷口様、お連れ致しました」
「ん、いいぞ、入れ」
「はい。…俺はここ迄です。さあ、行ってらっしゃい…」
囁かれた。
「はい」
ふぅ。
スッと開けられたドアの先へ、私は足を踏み入れた。
「失礼します。谷口佳織です」