奪うなら心を全部受け止めて

・秘書、 松下能


……。

チン。
気がついたらエレベーターに乗り、駐車場に降りていた。
あ、私…。どうやって…いつの間に、ここに。
エレベーターの中、立ち尽くしたままいつまでも降りないでいた私の前に、人影が被さった。

「お帰りなさい」

「あ、松下さん…。私…、私は…」

「…さあ。お腹空きましたね。ご飯に行こうか。取り敢えず、車に乗ろう?」

「は、い…」

手を取って引き寄せながら、一旦肩に回した腕は、背中を優しく撫でながら、トントンとあやすように軽く叩いた。

停めてある車にたどり着いた。

「さあ、乗って」

助手席のドアを開け、座るように促された。

助手席…?……あ…車が違ってる。
そう思って松下さんの顔を見上げた。

「…これは俺の車。だから助手席。今からはプライベートの時間だからね」

あ…。
言葉が上手く出ない。見つめたままでいた。

「取り敢えず、車、出しちゃうね。…ここから、離れたいだろ?」

えっ…。

頷きながらドアを閉め、運転席側に回ると素早く乗り込んだ。
この人の動きはとてもスマートだ。無駄がない。

「ちょっと、ごめんね、失礼するよ?」

まだシートベルトをしていない私に、少し覆いかぶさるようにしてベルトを引き出し、カチッと差し込んだ。

「あ…」

そして自分のシートベルトをした。

「じゃあ、行くよ?」

エンジンをかけると急発進で駐車場を後にした。タイヤが鳴った。

「もう秘書じゃないから…」

俯いている私の髪を左手で撫で、止まらない涙を親指で拭ってくれた。
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