奪うなら心を全部受け止めて
「…あの」
「優朔には…優朔の意思に関係なく、決まった人が居るんだ」
決まった人って何の?なんの話?
っ……決まった女性(ひと)ってこと?
「これは、うちと先方とで既に取り交わしてある決定事項なんだよ、佳織さん。
他所様は他所様で色々だろうが、会社を経営していくという事に置いて、政略結婚というのは避けられない事でもある。お互いの会社の更なる成長、存続、従業員の為でもある…言ってる事は解るかね?」
優朔によく似たお父さんは、申し訳ない顔で私を見つめる。
言っている事は理不尽だと、お互いの気持ちは解る、でも…。
私達は結婚する事は叶わないんだよ…と。そういう顔だと思った。
「小さい頃は己の立場が現実としてまだ見えてないから、伸び伸びとしていられる。無邪気で一番いい時だ。
私も随分と時間を遣り繰りして優朔と一緒に過ごした…。成績が良いと褒め、運動会で一番だったと聞くと褒め…。普通に接した。つもりだ。
徐々に親の仕事、会社経営、立場というモノが見えてくる。どう足掻いても逃れられないと解ってくる。
それでも何かせずにはいられなかったのだと思う。…よく解る。
無駄だと思っても、それでも抗ったのが高校生の頃の優朔だ。家から出ると言ってね…。
連れ戻される事も初めから薄々解っていただろうと思うが…。何処に居たって何をしていたって解らない事はないからね。
…好きなように、…気の済むようにさせた。今しか反抗も出来ないからね…。一時のことだ。
佳織さん…、優朔の事は諦めて貰えないかな?
貴女の為でもある。
どんなに好きでも、意を決して離れて終えば…時間はかかっても、いつかは気持ちも薄れていくはずだ。
会わない事で情熱は冷ましていける。…無理に諦めようとすれば逆になる事もある。だから早い方が良かったんだ。思いが深くなる前に…。
子供の恋と、大人のそれとは違う。
早い方がいい。その方が傷も深くならずに済む…。
…真っ直ぐな好きは、とても傷付くんだよ?
好きという事、それが全てだからだ。とても純粋だ。大人がとても汚く見える。今の年齢ではとても理解できない。
お互いの事を思えば、辛いのはよく解るんだ。
しかし、…どうにも出来ない事もある。理解して欲しい。
それとも…。
優朔の愛人になる覚悟はあるかね?」