奪うなら心を全部受け止めて
愛人?…。
この響きはなんだろう…。ここにだけ、妙に気持ちが絡み付いた。愛人にならなれる…。という事?…でも……愛人て。
「何を言ってると…そう思っているだろう?愛人なんて。
若い娘さんにはピンと来ない…、否、寧ろ、嫌悪感の湧く言葉かも知れないね。無垢で純真な人には決していい映り方はしないだろうからね。デリカシーがないと思って貰っても構わないよ。
だが、私が言っている愛人はそれとは違うと思って貰いたい。
互いに一番愛している者。そういう意味で言ったつもりだ。
世間のイメージ、関係を交わすだけのいい女を金で囲っているというのではない。
そんなつもりで言ったのではないんだ。
蔑んで、傷付けるつもりで言ったのでは決してない。それは解ってくれるかな?」
「…はい」
口だけは反射的に返事をしていた。
愛する人。一番愛する者…。
「優朔は在学中に留学させるつもりだ」
「え…」
「こんな事になったからではなく、前から決まっていた事なんだ。学生の内に経験出来る事は経験させておく。若い方が、より傷付き、成長出来る。吸収も早い。変に中途半端な知識が邪魔しない内がいいんだよ。
何年行ったきりになってもいいからね。人として、社会人として、成長して欲しいと思っている」
「そんな…」
どんな返事をしようと、これでは離される方向に向いている…。あ、待てるかってこと?そうだろうか。
「外の世界を知らなければトップとして牽引は出来ないからね。どれだけ勉強しても実際を知らない、経験がないでは通用しない。
何もかも、優朔の為だと言ったら解って貰えるかな?
いつ出発するのか、いつ帰って来るのかは、優朔の意志に任せるつもりだ。
ある程度、納得がいく、得たものが出来たら戻って来るだろう。
どうするかは二人で話し合いなさい。…納得する事は難しいだろうが…。結論は出さないといけないよ?
今話しても頭には残らないかも知れないが、いずれ結婚する先方は、優朔に別に女性がいても問わない事になっている。それがどういう気持ちでの女性かも理解の上でだ。
だから優朔の好いた人が愛人になっても黙認なんだ。大丈夫なんだよ?佳織さん」
…っ。お父さんは…もしかして…先を読んで…。
優朔にいつか本気で好きな人が出来た時の為に、ただの愛人とは違う“愛人”を持てるように…先方と話をしていたのかも知れない…。
自分の時、辛かったかも知れない。お父さんにもそんな大切な人が居たのかも知れない。自分のときどうすることも出来なかった…とか。
私は…別れるのか、愛人として側に居るのか、どちらか選ばないといけなくなったという事だ。