奪うなら心を全部受け止めて

「そこまで話を聞いて、後は記憶が曖昧なんです。
多分、優朔のお父様はエレベーターのところまで来てくれていたと思います。
私…、ボタンを押した記憶がないのに…エレベーターに乗っていましたから。
ちゃんと乗せてくれて…降りて行くのを送ってくれたのだと思います。
乗せてくれて、…ああ…確か、そうです。
すまないって、…すまないって、…私に言ってくれました。だから、私、それから…」


下に着いた私はエレベーターに乗ったまま、堰を切ったように涙が溢れていたのだ。
目の前の差し迫った現実と優朔のお父様の気持ち…。


「佳織ちゃん、おいで…」

え…。
抱き寄せられていた。包まれた体が温かい…。
頭を撫でてくれる。
初めて会った人なのに、今日一日で何度頭を撫でて貰っているのか…。

「はぁ、二十歳の女の子に、理解しろというのが無理な話だ。普通のことじゃない。今だけは俺が居るから。…寄り掛かればいい。気の済む迄泣けばいい。気持ちの整理とか、…そんなもん、…まだどうにもならないだろ?
考えるとか、まだそんな次元じゃない筈だ。
どうにもならない思いが、人を好きにさせる、止まらない、どんどん惹かれていく。…好きという事はどうにも出来ない。だから簡単に諦める事も出来ない。
厄介だよな…好きって…。中々…断ち切れない。
何も考えず、今は出るだけ涙出しとけばいいさ、な?」

「能さん…、ごめんなさい。有難う…有難うございます。ごめんなさい。こんな…私…」

「気を遣っちゃ駄目だ。兄貴みたいなもんだと思ってさ?存分に、…泣くんだ…存分にな」

「…はい」

背中を撫でながら、時折トントンと軽く叩いてくれた。優しく包み込んで子供をあやすように。
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