奪うなら心を全部受け止めて
「あっ、じいちゃん、傘が飛んで来てるよ」
「おお、花のように舞っとるな。どれ、来たら捕まえよう」
「あら本当。上に来てる誰かの物じゃないかしらね。小さい傘だから女の子ね、きっと」
「綺麗なピンク色だね…僕が捕まえるよ」
「すみませ〜ん。その傘、うちの子のです〜あの~お願いします~」
坂の上から声が降りて来た。
「すみません。有難うございます。さあ、お礼を言って」
母親と繋いでいた手を離し近付いた。
「はい、これ」
「…ありがとう」
自分より少し大きい男の子から傘を渡された。
頭をポンッてされた。
……あ。
「濡れちゃうよ?」
渡された傘は横向きにしたままだった。
「はい。こうして…」
傘を握った手を取り、濡れないようにしっかり立てて持たせてくれた。
「バイバイ」
「…バイバイ」
男の子が手を振るから、釣られて手を振った。
「有難うございました」
「偶然わしらが通り掛かっただけです。余所へ行ってしまわなくて良かったですな。
今日は…雨で…風も気まぐれにありますから。…それでは」
感慨深げに話す一番前に居たおじいさんに声を掛け、お互いに会釈をして別れた。
男の子は、お父さんお母さん、おじいちゃん、おばあちゃんと一緒。
「ご家族で御先祖様のお参りかしらね」
離れて行く家族のおじいちゃんが少しこっちを見ていた。
そしてニコニコして手を振るから、笑って振り返した。
男の子と手を繋いでいた。
お母さんの言葉の全部は解らなかった。
でも家族みんなで来ているって事は解った。
傘を拾ってくれた男の子。
お人形さんみたいに綺麗だったな…。
駐車場に停めてある車に近づき、ドアを開けて貰うのを待っていた。向かい側の空いている駐車枠に黒い車がスーッと停まった。
わぁー、濡れてピカピカ。
そう思って見ていた。
後ろのドアが開いて背が凄く高くて格好いいおじさんと男の子が降りてきた。
白くてフワフワした花、大きな花束を持っていた。白いシャツと黒い半ズボン。
じぃーっと見つめた。
うわぁー、マンガみたいに格好いいお兄さんだ。
「さあ、佳織乗って?」
「う、うん」
バイバイってつもりで手を振ってみた。
チラッと見て、笑って手を振ってくれた。
あっ。バイバイしてくれた。
「…佳織?知ってる男の子?」
お母さんには男の子の顔しか見えない。おじさんの顔は差した傘に隠れ背を向けていたから。
「ううん。知らない」
名残惜しそうに佳織は座った席で足をブラブラさせて窓の外を見ていた。
「そう?はい、シートベルトしてね」
「…うん」
お母さんがゆっくりシートベルトを引き出し、カチャッと差し込んだ。
車の窓から男の子は見えなくなっていた。