奪うなら心を全部受け止めて
「ごめんなさい、有難う。受け止めてくれて。…恥ずかしい。大丈夫だって、…言ったばかりなのにね。…いつまでも馴れないヒールなんか無理して履いてるから。…馬鹿よね、女って…違う…、私って、だ…」
「いいえ、転ばなくて良かった。俺も佳織さんを受け止められてラッキーだったし」
「…啓司君」
「はい?」
「…いくら商売柄と言っても、おばさんには、そんな言葉…、簡単に何度も言ってはダメよ。…身の程を忘れて…甘えたくなるから…」
今夜の私はいつにも増して変。幻の声を聞いたから?あれは夢だったのよね?…。
心が不安定に揺れている。知りたくもない現実を目の当たりにしてから…。ずっとどこかで引きずっているから?…私は弱すぎる。
だから今の私に甘い言葉は罪。…溺れたくなる。
「いいですよ…。佳織さんが俺でいいなら甘えてください。俺は大歓迎だ。
…そんな風になりたい日もあるでしょう?…」
またそんな事を…ダメだ。このままでは本当に流されてしまう…。そんな事になっては…、啓司君を傷つける事になる。それに…。
「簡単に言わないで。啓司君…。それはダメ…」
体を離そうとすると引き戻された。
「あ…啓司君、どうしたの?…離してくれる?」
「だったら…、だったら俺が佳織さんに甘えます。甘えさせてください、佳織さんに」
更に強く抱きしめられた。
「どうしちゃったの?」
あ…。ダメだと思っても解けない。何故…ううん、そんなの解ってる。やっぱり、甘えさせてほしいからよ。この不安定な気持ちから逃げたいから…、流されたいからよ…。
でも、自分の訳の解らない感情は口にしたくない。迷惑もかけられない。
「啓司君…、何かあったの?」
肩で首を振る。
短髪が首を掠るように触れながら往復する。
くすぐったい…。あぁ、…思い出す…こんな短い髪型をしていた。随分昔の、懐かしい感情…。
「まだ何も…。何かあった訳ではありません。
だからまだ、…解りません。でも何だか…、俺に取って良くない事が始まりそうな…そんな予感がするんです」
「悪い予感なの?…」
「…はい、…多分」
折角、出会えたのに…。
この人をさらわれて終いそうな予感だ…。
未だ、何も始まってない。始まることもあるか解らない。気持ちだって…気づいて貰えてないのに。
誰にも渡したくない、失いたくない…。佳織さん…。