奪うなら心を全部受け止めて
俺は手を伸ばして、そっと佳織ちゃんの手を取った。
触れた瞬間、僅かだけどビクッとしたのが解った。
「大丈夫?嫌じゃない?」
「はい。大丈夫です」
佳織ちゃんには未だ知らされてない事、俺は先輩から聞いて終った。
何時、どのタイミングで彼女が知らされるのか…。その瞬間を思えば、こんな…呑気とも言える事してるのは、どうかと思う。…これは正解なのか?…。こんなことしてる場合じゃない気もする。
何も関わってない頃…、告白された返事を躊躇して、悩んでいる彼女に声を掛けた時から、こうなる事は決まっていたのだろうか…。これも運命なのか…。
あの時、何かあったら言って来てって、言ったしな、俺。…。
「あのさ」「あの」
…。
「あー、えっと、何?」
「あ、はい。えっと、仲城さんの事は何て呼んだらいいですか?」
「あ、そうだね。千景にする?千でもいいよ?好きな方で」
「では、千景さんで」
「否、つき合ってるから千景が良くない?」
「でも…生意気過ぎます」
「そんな事ないさ。年上って言っても、俺達は一つしか違わないんだから。あ、佳織ちゃん誕生日は?」
「6月です」
「嘘…。俺も6月」
「本当ですか?」
「本当、本当。まさか、日まで同じって事はないよな」
「あ、私は」
「待って、待って。一緒に言おう。いい?…せーの」
「10日!」 「20日!」
「あ」
「流石に日は違ったか。でも355日?しか違わない。一つより近いじゃん。だから、さらに千景でも平気だよ」
「でも…それは」
「否、別に無理にとは言わないよ。千景って呼ぶのなんか、大して気にする事じゃないって事だよ」
「うふふっ」
「ん?いきなりどうしたぁ?」
「何だか、よく解らないけど楽しいです。もっと、まだまだ緊張が続くかと思いましたけど、…何だか楽しいです。あ、でも、緊張が全部なくなった訳ではないですけど」
「駄目、駄目〜」
「え」
「敬語はなし、だよ?つき合ってるんだからね、俺ら」
「あ…、はい」
「それも。はい、じゃなくて、うん、ね」
「あ、はい。…うん。です。あれ?」
「アハハッ。次からね?」
「…うん」
「よく出来ました」
頭をポンポンされた。首を竦めた。
何だかくすぐったい感じ…。だけど、距離感、近い感じがする。緊張しないのはそのせいかな。
顔も似てるって言われてたし、ずっと昔から知り合いみたいな感覚がある。