奪うなら心を全部受け止めて
「弱ってる俺を…慰めてください…」
「……」
「…甘えさせてください」
「……」
「佳織さん…。今夜、一緒に居たい。ダメですか?それとも、それ以前の問題…大事な人が待っていますか?」
俺は佳織さんの左手を取った。薬指に光るシルバーのリングを親指で触れた。指輪をしている事は店に初めて来た時から気づいていた。…男も女も、気になる異性のその指は、必ず目をやる場所だから。そうだ、俺は佳織さんが店に来るようになってから気になる人になっていた。
「…そんな人は居ないわ。居たらここにこんな時間までいない、そうでしょ?…これはね…、フェイク…。ただ左手薬指に嵌めているというリングなの…。…もう、ずっと…ただのリングなの」
佳織さんの左目から雫が落ちた。
「あ、やだ、…もう……」
あぁ…。俺の知らない佳織さんが居る。この指輪はただの指輪ではない。言い訳をしてまでしてるんだから、意味はあるんだ。場所からして元々、意味はある指輪なんだから。
俺の知らないところで、心を動かしていた佳織さんが居る。
右目に溜まっていたモノが光る。…あ。
ツーッと零れて頬を伝っていった…。余程、どうしようもない思いに動揺、困惑、とにかく、普通ではいられなくなってしまったんだ…
「…どうしたゃったんだろう、あは、ごめんね…なんでもないから」
そんなわけない、なんでもなくて大人の女性は涙なんか溢さない。
「なら、尚更、帰しませんよ…」
慰めてほしいと思ってるなら…。誰でもいいって思うなら。
「啓…」
俺を呼ぶ声を塞いだ。
とめどなく流れ落ちる雫をそっと拭った。
何故この人はこんなに一杯一杯なんだ、こんなになるまで張り詰めて…。
何がこんなに切なくさせているんだ…。
…苦しい恋をしているのか?…。相手は誰だ。なぜ、こんな風にさせる。
「佳織さん、…好きです。
この気持ちは貴女には迷惑なのかも知れない。解っています。今は打ち明けるタイミングではない。それも解ってる。何も言わない方が今夜はいいに決まってる…。
一方的に思いを押し付けてくれるな、こっちはそれどころではない、ってね…。きっとそう思ってる。この思いは告げた事でややこしくなるから。
でも、言わずにはいられない。こんな商売をしているからって、遊びの軽い男だと思わないでくれますか?
貴女を帰さないと言った気持ちは、俺は決して遊びなんかではありません」
「…啓司君。ううん…、遊びで…構わないわよ?その方がいい…いいのよ」
佳織さんが俺の顔を包む。
なんて顔をしてるんだ…。…辛いんだ。
貴女をこんな顔にさせているモノは何なんですか。
「嫌です。…重くても、…俺は、好きな人を遊びでは抱けません。でも、…それでは貴女が辛いのですよね?」
「……」
ん、んん、ん、…。
何も言ってくれないもどかしさから、気持ちをぶつけるように口づけを繰り返した。
「佳織さん…」
この人は遊びの恋なんて出来ない人だ。だから、辛いんだ。…辛いから。
…はぁ、離したくない。離してしまったら、このまま消えてしまいそうだから。