最後のデート
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一歩一歩、進む毎に歩みが遅くなる。
心の整理はとっくにつけたつもりだった。散々悩んで迷って、どうにか失わずにすむ道を模索して。その上で、この手を離す事を自分で決めた。
なのに今更足掻いてしまうのは、結局まだ未練を残しているからだ。
ガラスの向こうに少しオレンジがかった景色が広がっている。
晴天の映える見晴らしの良い日も、星屑の様な光が散りばめられた夜景も、朝もやの中の半分眠った街並みも、ここから一緒に眺めてきた。喜びや悔しさを噛み締めながら、彼と手を取り合って共に見る一コマが好きだった。
『俺と別れるの、寂しい?』
「そりゃあね」
男勝りで竹を割った様な性格だと周りからは言われるし、自分でもさっぱりと生きてきたつもりだった。過去の恋愛においてもいつまでも引きずったり、何度も思い出して涙に暮れたりという経験はない。
でも今こんなにも彼と別れ難いと思っている自分がいる。
「……少し歩こうか」
『最後のデートだな』
「切ないこと言わないでよ」
中々到着しないエレベーターを待つのは諦めた。手を繋いだまま踵を返し、非常階段へと向かう。
別れを決めた時、ここで額を合わせて泣いたっけ。非常階段は音が響くからと唇を合わせて声を殺した。
初めて出会った時の喜びと期待の入り混じった感情もまだ覚えてる。指先が触れ合った瞬間に、少し大人になった気がして気分が高揚した。
何から何まで彼との思い出に溢れている。それくらいの時間、二人で共に歩んできた。
今またここで泣くわけにはいかないけれど、少しだけ鼻の奥がツンと痛む。
「今更女々しいって笑う?」
『まさか。離れ難いのはこっちも同じ』
「そう思ってくれてるなら嬉しいけど」
『お前はよく頑張ったよ。それは誰より俺が一番よく知ってる』
「結局別れなきゃいけなくなっちゃったけどね。思い出も何も残せない」
『形あるものが残らなくても、俺とお前が一緒にいた時間はお前の中にちゃんと残って行くだろ』
「……そうだね」
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