Mr.ハードボイルド
「あらあら、新名さん、いらっしゃい」
いい歳のとりかたをした感じのご婦人が、お店の中から出てきた。
「おばちゃん、もし、私達でよければ、お店手伝いますよ」
ニーナはご婦人にそう伝えた。
「ありがとうね、新名さん、お気持ちだけでも嬉しいわ」
「お気持ちだけじゃなくて、本当に手伝いますよ。外回りはそこにいる男にやらせますし、朝の仕事は私がお手伝いします」
ニーナの言葉にご婦人は優しく微笑んだ。
「ありがとう、本当にありがとう」
販売の仕事は、やってみると案外面白かった。
主な配達先は一人暮らしの老人宅が多かった。
豆腐屋のあのラッパ音を鳴らすと、古びたアパートの窓が開いて、お婆さんが顔を出す。
「豆腐屋さん、お豆腐と納豆、それにお揚げもちょうだいなぁ~」
そんな声が聞こえてくる。
このご時世に珍しいと思うが、まるで昭和の時代の空気を感じる。
俺が注文の品を持って行くと
「あら?ご主人はどうしたの?」
まず、必ず聞かれる質問だった。
「腰を痛めて入院中ですよ、その間は代わりに俺がきますから、よろしくです」
これは、俺の返事のお決まりパターンといったところだった。