Mr.ハードボイルド


ちょうど1ヶ月程前のことだったろうか。
俺はその亡くなった菅原のバアさんからの依頼を受けていた。
そもそも、菅原のバアさんと知り合う事になったのは、山内豆腐店の仕事がきっかけだった。
豆腐の販売に行くと、必ず菅原のバアさんは窓を開けて俺を呼び止めた。

「豆腐と納豆ちょうだいな」

そう言って、アパートの窓から萎びた顔を出すのがいつもの光景だった。
話好きのバアさんで、俺は仕事中だってのに、豆腐1つ売るのに最低で5分、長けりゃ20分は足止めをくらった。
まぁ、山内のご主人からは、それも仕事だから付き合ってやってくれ、と言われていたが。

「アンタ、なんだって週に1回しか来ないんだい?」

とある日に菅原のバアさんは、俺にそんな事を訊いてきた。

「そりゃあ、菅原さんよぅ、毎日俺みたいなイイ男に会いたいのはわかるけどさ、俺は山内豆腐店の従業員じゃねぇから毎日は来ないさぁ」

彼女は呆れたような顔をした。

「アンタ、鏡見たことあんのかい?私が言ってるのは、アンタがイイ歳こいてフリーターみたいなことしてるんじゃないかって心配してやってんのさ」

彼女の発言の後者はまぁ許すとしても、前者は聞き捨てならねぇぞ、オイっ!

「なんなら、私から山内さんに口利いてやろうか?アンタを正式に雇えって」

「なぁ、菅原さん、俺はね、こう見えてもね、一応オフィスを構える社長なの。だから心配無用だよ。この仕事は山内さんからの依頼でやってるんだ。それよりさぁ、さっきの『鏡見たことあるか』発言は聞き捨てならねぇんだけど」

菅原のバアさんは、俺の発言の後半部分はスッパリ切り捨てて、驚いたような顔をして言った。

「アンタが社長かい、この世も末だね」

いや、バアさん、世の中はまだ21世紀の初頭だぜ。

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