Mr.ハードボイルド
俺は約束の日、約束の時間に、菅原のバアさんを迎えに行った。
「おぉ、こりゃ、ゴッツい車だね。乗るのにもひと苦労だよ」
確かに、俺の愛車のランドクルーザーは車高が高いんでステップを踏んで乗り込まないといけないけど、いちいち文句つけないでくれよ。
俺はバアさんの手をひいて助手席に乗せてやった。
「で、どこに旦那さんは眠ってるんだい?」
「神奈川の愛川町の墓地に行っておくれ」
俺はカーナビに菅原のバアさんの言った墓地をセットした。
それにしてもエラく遠いな。
「なぁ、菅原さん、なんで愛川町なんだ?旦那さんの実家があるのか?」
「そうだよ、ただ、墓はあるけど家はもうないんだ」
「ふ~ん、で、なんで菅原さん、都内で一人暮らししてるんだ?」
俺の問いに彼女は変な顔をした。
あんまり訊かれたくなかったことだったのか?
「なんでって、アンタ、そりゃあ、ずっと旦那と今のアパートに住んでいたからさ」
「頼れる身内はいないのか?」
あんまり他人(ヒト)のことを詮索するのは俺の趣味じゃないが、都会の独居老人なんで、つい心配になってしまう。
「息子が1人いるがね、鹿児島の酒蔵に婿に入ってな、さすがにそこに厄介になるのは気が引ける。幸い私はこの歳になっても健康なもんでな。それに、旦那と暮らした場所を離れたくないんだ」
菅原のバアさんは遠い目をしてポツポツと語った。
「すまねぇ、込み入ったこと訊いちまって」
「いや、いいんだよ、人付き合いが希薄な都会にもアンタや山内さんみたいな人がいるんだから感謝してるよ」
彼女は珍しく俺を褒めるような言葉を言った。
「よせやい、俺は仕事でやってんだ。もらうものはキチンともらうぜ」
せめてもの俺の照れ隠しに菅原のバアさんはこう言って返した。
「なんだぁ、かわいくない男だねぇ。そんだけ褒めてやれば、タダ働きしてくれると思ったのにさ」