Mr.ハードボイルド
俺の運転するランドクルーザーはその後も順調に伊豆半島を南下していった。
「そろそろ下田だぜ。腹減ったから、なんか食っていかないか?」
俺の提案を菅原のバアさんは受け入れた。
国道沿いにある小さな飯屋に入り、俺たちは刺身の定食を食った。
まぁ、食欲旺盛なバアさんで、ペロリと定食を平らげやがった。
まぁ、その食欲がありゃ、まだしばらくはお迎えも来ねぇだろうって。
昼食からさらに1時間弱車を走らせると、目の前に弓ヶ浜の海岸が広がった。
石廊崎に行く前に、俺達は一旦車を降りてノンビリと海岸を散策した。
押し寄せては引き、また押し寄せて引いていく波を見ていると、なんだか俺までトゲが抜かれたように、心が丸く穏やかになっていく気がした。
今度、ニーナを誘ってもう一度ここに来てみようかな。
秋の海風は少し寒く感じてしまい、俺は菅原のバアさんに声をかけて車に戻った。
彼女は子供のように、浜辺でキレイな貝殻を拾うのに夢中になっていた。
「旦那とも、ここに来たんだよ。あの人ったらさ、桃色の小さな桜貝の貝殻を拾ってくれてね。プレゼントだ、なんて大袈裟に言ったのよ。子供みたいでしょ?でもね、その時、私、すごく嬉しかったのよ。そういえば、最後にあの人と旅行に来た時も、同じことしてくれたっけ」
そう、話す彼女のシワシワの手には、今拾ってきたのだろう、砂のついた小さな桜貝の貝殻がふたつ握られていた。