Mr.ハードボイルド
なんだってんだよ、この忌々しい夕立は。
突然降り始めた激しい雨に、俺は雨宿りできそうな庇の下に身を隠した。
ったく、一張羅のスーツが濡れちまいやがった。
まぁ、今日は仕事の依頼も舞い込んできたんで、気分は悪くなかったんだがな。
この夕立に遭遇するまでは。
なんとなく腹が立って、俺は無意識のうちに舌打ちをしていた。
そしてタバコを1本取り出し火を点ける。
夕立の湿った空気の中に、白い煙は弱々しく広がっていった。
背後にある扉が開いた。
内側にカウベルでもぶら下げてあるのだろうか。
夕立で湿り気を帯びた空気の中、カラコロと乾いた音が響いた。
「そんなとこでタバコ吸わないでくれる?営業の邪魔よ」
扉を開けて顔だけ出して女が言った。
この店の主人か従業員だろうか。
俺の脇の壁に取り付けられたネオン文字に明かりが灯った。
『ラウンジ マリー』
なるほど、飲み屋のようだ。
俺はタバコをくわえたまま振り返った。
「営業の邪魔して悪かったな。お詫びに客になってやるよ」
そう言って女の顔を見ると、何かが心の中でざわめいた。
それと同時に、
「あっ……」
っと、俺の口と女の口が同じ言葉を発していた。