Mr.ハードボイルド


「富井君?」

続いて女の口から俺の名前が発せられた。

「なんてこった。真理じゃねぇか!」

俺も女の名前を口に出したていた。

俺は真理に促され店内に足を踏み込んだ。
薄暗く小洒落た店内にジャズの音が響く。
マイルスデイビスだろうか。
俺は奥の席に腰を下ろした。
真理は俺の隣に座りおしぼりを俺に手渡した。

「お久しぶりね。何年ぶりかしら?」

「会社辞めて以来だから7年ぶりだろ」

俺はそう言いながらタバコをくわえた。
そのタバコに彼女の手から火が点けられた。
ほっそりとした白く長い指は、俺の記憶の中のものと変わっていなかった。

「富井君、なにか飲む?」

真理はそう言って俺の顔をまじまじと見つめた。

「まずビールでも出してくれ」

俺はそう答えて彼女の顔を見つめ返した。

気の強そうな印象を与えるはっきりとした瞳は相変わらずだった。
だが、顔全体から与える印象は少し変わっていた。
昔よりやつれたのだろうか、俺の知っている真理より疲れている印象があった。

「真理、おまえ痩せたな」

俺はとりあえず、女性諸君が喜びそうな言葉を選んで彼女に言った。




< 88 / 93 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop