Mr.ハードボイルド
「富井君?」
続いて女の口から俺の名前が発せられた。
「なんてこった。真理じゃねぇか!」
俺も女の名前を口に出したていた。
俺は真理に促され店内に足を踏み込んだ。
薄暗く小洒落た店内にジャズの音が響く。
マイルスデイビスだろうか。
俺は奥の席に腰を下ろした。
真理は俺の隣に座りおしぼりを俺に手渡した。
「お久しぶりね。何年ぶりかしら?」
「会社辞めて以来だから7年ぶりだろ」
俺はそう言いながらタバコをくわえた。
そのタバコに彼女の手から火が点けられた。
ほっそりとした白く長い指は、俺の記憶の中のものと変わっていなかった。
「富井君、なにか飲む?」
真理はそう言って俺の顔をまじまじと見つめた。
「まずビールでも出してくれ」
俺はそう答えて彼女の顔を見つめ返した。
気の強そうな印象を与えるはっきりとした瞳は相変わらずだった。
だが、顔全体から与える印象は少し変わっていた。
昔よりやつれたのだろうか、俺の知っている真理より疲れている印象があった。
「真理、おまえ痩せたな」
俺はとりあえず、女性諸君が喜びそうな言葉を選んで彼女に言った。