アンガーコントロール《6秒間の彼》
癒しの王子様
和也を思い出したら寂しくなって、そのまま静かにデスクに戻った。
椅子に深く腰掛け、背中を預ける。
和也は優しかった。大切にしてくれた。
誰よりも私を理解してくれた。
3年前、和也について行くべきだった?
いや。
どちらの道を選んでも私はきっと後悔した。それなら選んだ道を爆走するのみ!……なんだけど。
はあー……。
……?
あれ?
この椅子ってこんなに気持ち良かったっけ?
『やっと僕に気づいてくれたね』
ん?
『心も体も疲れた君を僕が抱き締めてあげる』
……。
抱き締めてあげる?
ずいぶん偉そうな態度だな?
『そんな喧嘩腰にならないで。僕は君を癒したいだけなんだ。さあ……目を閉じてみてよ』
……仕方ない。
試しに目を閉じてみる。
あれ?
じんわり温かい……。
背後から優しく包まれる感覚。心地良い。
心がなだらかになって、ほどけるように自由になる。
あらやだ!本当に癒される!
『でしょ?』
知らなかった。
こんなすぐそばに癒しの王子がいたなんて。
椅子なんて、座れればいいと思ってた。
なんなら尻が乗ればいいくらいにしか思っていなかった。
『僕に気がついてくれて嬉しいよ。これからはいつでも僕が癒してあげる』
……。
いやいや、そういうわけにはいかないの。
だって、仕事中だもの。
『仕事なんて気にしないで、腕の中でたっぷり甘えればいいのに』
あまーい言葉に負けそうになるけれど、そうは言ってもここはオフィス。私は鬼課長。
甘えるわけにはいきません。
『そっか、残念……。それなら、こういうのはどう?君が怒りたくなった時だけ、僕に甘えるんだ』
は?
……あっ!
そういえば!
管理職研修の資料で見た一文を思い出した。
―― 怒りのピークは6秒間。6秒間我慢すれば怒りはおさまり冷静になる。 ――
ふーん、なるほど。
ついカッとなったら王子に甘えてその6秒間をやり過ごす、なんてのもいいかもね?
そういうことなら試してみるか。
『うん、そうして!僕はいつでも待ってるよ』
いつでも、ね。
ま、どうせ怒りたくなる瞬間なんて、すぐにやってくる。