平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
「この手の術は、俺の方専門だろう」
と、兄上が印を組もうとする。
「兄上、お待ち下さい。今回はワタクシに…」
印を無理矢理おろさせようとするアタシに、兄上は怪訝そうに眉を寄せる。
兄上の顔が、「なんだ?」と鋭く追及しているのが分かる。
それもそうだろう、兄上の忘却の術は折り紙付きだ。
加えて今回は、四の君のためにも確実に消してしまわなければならない。
記憶の一端でも思い出してしまったら、今回の再来だろう。
四の君を思っているのなら、それが最良の選択なのだから。
しかし、それらをちゃんと理解している妹のアタシが、自分で遣りたいと言っているのだ。
何かが裏にあると考えて当然だ。
「あ…その…」
兄上を説得出来る訳が無いとは、自分が一番分かっている。
アタシがやろうとしている事は、単なる忘却の術とは桁が違う。
下手すれば、人の運命を曲げてしまう事と変わらない。
陰陽師は、人の運命を簡単に替えられる。しかし、それは遣ってはいけない事なのだ。
そして、兄上はアタシがしようとしている事を、殆ど察しているだろう。
うまく逃げる言葉も見つからず、口籠もり俯いてしまう。
そんな中、兄上から痛いくらいの視線が突き刺さるのが、見なくても分かる。
「…聖凪、お前がしようとしている事は、してはいけない事だ。」