平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
「おや、またお会いしましたね」
いきなりの事で驚き、肩がブルッと震える。
すると和かな声が、笑いを殺す様な口調で詫びを入れる。
「すみません、いきなり空から人が降ってきたので、流石に驚いたのですが、知った方だったので思わず…」
いや、普通空から人が降ってきたのなら、知った者でも話し掛けないだろう。
と、心の中でだけ指摘する。
「それにしても、流石彼の一族の姫君…毎度毎度驚かされてばかりです。」
と、あの方が背後で、クスリと笑うのが感じられる。
それにしても、この方はいつまで此処に居るのだろうか?
アタシは今、笠も被衣も顔を隠す道具を一つも持っていない。この方が去るまで、此処を動く事ができないのだ。
どうしようかと考えていると、暫く黙っていた貴雄様が合点がいった、と言う声を上げる。
「ああ、いつもと雰囲気が違うと思っていたら、貴女の姫君姿を見るのは初めてだったからの様です」
貴雄様にそう言われて初めて、自分の格好を確認する。
先程までは、確かに坪装束だったのだが、父上の風に乗っている間にどうやら腰紐が飛ばされていたようだ。
これは、流石に柊杞に怒られてしまうだろう。
「…何時もの軽装も良いですが、やはり貴女には其方の方が似合いますよ」
何も言わないアタシに、貴雄様は意外にも頭を下げる。
「気付きませんでした、お立ちになれますか?」
と手を差し出して下さるのを、雰囲気で察してやっと声を出す。
「だ、大丈夫です。お心遣い恐れ入ります」
俯いたまま立ち上がるアタシに、貴雄様はもう一度クククと笑う。
「…何が可笑しいのですか?」
流石に、こう何度も笑われてしまっては気分を害するというものだ。
「ああ、すみません…ただ今宵は大層分厚い雲に覆われているのに、しっかりと顔を隠されているものだと…」
貴族の姫という立場で、良い心がけですよ、と口元を押さえる。