平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
夜の帳が降り、桐壺の女房たちがそわそわとし始めた。
中でも柊杞の落ち着きのなさは珍しく、興味深いものがあったが、アタシには柊杞を見物する余裕など少しも無かった。
まわりに甘く見られぬ様、落ち着きを払っている風を装ってはいるが、脈が身体中を駆け巡っている。
こんな事を思ってはいけないのだが、天変地異でも起こって欲しいものだ。
自分の不謹慎な考えを、無理矢理追い出すように軽く咳払いをする。
表には出していないが、天将たちにはアタシの緊張が伝わったようで、またもや青龍が茶々をいれてくる。
「普段はすましていても、聖凪もまだまだ幼いな」
自分がいかにも慣れているかの様に話す青龍に、もう一睨み利かせる。
口元を袖で隠し、口を開こうとした時───
また、あの視線に捕らえられた
冗談を言って笑っていた青龍も、そんな青龍を困ったように嗜める朱雀も、瞬時に気を引き締める。
今まで感じられなかったものが、今になってどうして?
自分の頼りなさに、思わず歯噛みする。
女房たちに怪しまれない程度に、きょろきょろと首をめぐらす。
「聖凪…」
ある一点を見付けて目を細める青龍に、「ええ」とだけ頷きアタシも其処に神経を集中させる。
すると、何かに気付いたのか、一人の女房が御簾の外へと出ていく。
気を引き締め様子を伺っていると、外へと出ていった女房が、また別の女性を伴って部屋へ舞い戻ってきた。
そして、アタシはその女性の顔を見とめて、いっそう目を細めた。
「東宮様の御召しがございます」
頭を下げた女性は、一言それだけ言うと下がって行った。
色めきだつ女房たちを余所に、先程の女性が居た場所を見つめ続けるアタシに柊杞が怪訝そうにする。
「女御様?」