平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
通された襖の奥には、誰も居らず首を傾げながらも辺りを見回すと、少し先の半蔀が上がっており、その手前で脇息に寄りかかり景色を眺めている姿があった。
なんて失礼な人だろう、と思いつつも母屋の端に腰を下ろす。
すると、アタシが居る事を知ってか知らずか、東宮とおぼしき人がぽつりと呟く。
「…姿を隠してしまっているようです」
それに返事をする事も恐れ多く、意味も正しく解釈出来ないため無言を通す。
そもそも、アタシに言っているかどうかすら、怪しいものだ。
ただ…
きっと、気のせいだろう。
衣擦れの音がし、無防備だったアタシは思わず顔を下げる。
どんどん近づく距離に、脈が速くなるのを感じながらも、アタシはただただ俯く。
アタシの前にふわりと腰を落ち着けると東宮は、アタシの頭を一つ撫で、顔にかかっているアタシの髪を耳にかけた。
「…今宵はまた、声を聞かせてはいただけないのですね?」
東宮はそう言い、髪を耳にかけたその手でアタシの頬を撫で、そのまま顎を軽くつまみ顔を上げさせる。
先程違うと否定したアタシの頭が、またもや異を唱えている。
でも、そんなはずは無いのだ。
まさか、そんなはずは…
伏し目がちだった目を、ゆっくりと開け、この声の持ち主の顔を見とめる。
「…ああ、やっと貴女の顔を見る事が出来た。」
貴雄様はそれだけ言うと、優しそうな面差しで、にっこりと微笑んだ。