平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
まだ日は昇らず、辺りは暗いが黒視眼のアタシにはそう関係無い。
この刺す様な視線の持ち主が、庭先に佇んでいるのが分かった。
「ねぇ右近?貴女には見えないかもしれないけれど、実はそこに妖が居るの。」
迎えに来ていた右近に、悪いとは思うが適当に嘘をつく。
アタシが言うとそれだけで、大抵の人はその嘘を信じる。
案の定、右近や他の女房も青ざめている。
「大丈夫よ、ワタクシが調伏しますから。」
「…だから、先に桐壺に戻っておいて?貴女たちが危ない目に合うのは、心が痛むわ。」
胸に手を当てながら言うと、右近は青ざめてた顔で反論する。
「しかし、女御様をお一人にするわけにはまいりませんっ」
「大丈夫よ右近、本当に直ぐに戻るわ」
「ですが…」
なかなか一人にしてくれない右近。女房てしては立派だ、自分が恐怖に晒されても主人の側を離れない…鏡とも言えるだろう。
たがしかし、今回だけはアタシの内裏での平穏な生活がかかっている。
「お願い右近、内裏の皆様が傷つくのを見たくはないの。これも、ワタクシに与えられた使命の一つに違いないわ」
そう言った時、運が良いのか悪いのか、強い風で女房が持っていた手燭の火が消えた。
「右近様、ここは女御様の言う通りにいたしましょうっ?女御様は安倍の血を継いでおいでです、きっと大丈夫でございましょうっ」
そう言って、女房の一人が右近の袖を引っ張る。
「右近、大丈夫だから」
もう一度そう言うと、「申し訳ございません」と右近はようやく折れ、他の女房に連れられその場を去って行った。