平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
「…ま、まぁ確かに私は書物が好きではないわ。だけれど、邸の中に引きこもってばかりの貴方よりも断然、体も顔もすっきりしていますから」
怒りを表面に出しそうになった忍だが、咳払いをしてそれを押さえ込むと、わざとらしく自分の輪郭を擦る。
「っ…まぁ本当にっ、見るからにほっそりとした身体つきでいらっしゃるわ」
表面上は穏やかに、だがお互いに表情が引きつっている。
彼女とは何時もこうなってしまう。ひどい時には、二人の間を刃物が飛びかうのだ。
「安倍聖凪、貴方も本当に変わらないわね、この女狐」
「貴方も何の進歩も無いようね。影を暗躍する一族の者が、たかが一介の娘の命を捕る事も出来ないなんて…」
忍にちらりと視線を投げ掛け、くすっと笑った瞬間、鋭利な刃物が眉間を狙いまっすぐに飛んできた。
が、青龍は腕を組んだまま余裕の表情でその場を動かない。
忍が悔しそうに舌をならし、「馬鹿にしないで」と小さく吐き捨てる。
「感情的にならなければよろしいのに」
そう言いながら、扇に刺さった刃物を引き抜く。
ご丁寧な事に、刃先には毒まで塗ってある。
「…それで、何故貴方が内裏に居るのか教えていただけないかしら?」
刃物を忍に投げ返しながら、彼女と対峙した一番の理由をぶつける。
内裏には彼女の一族と言えど、そう簡単に侵入出来る所ではない。
何某かの有力貴族に雇われて、内裏の者の……主にアタシの暗殺、と言うのなら分からなくも無いのだが。
今度は敵意からではなく、不信感から眉根を寄せ、忍を見つめる。
すると忍は面倒臭そうにため息をつく。
「半ば強引に拾われて来たのよ」
「?」
拾われたとは、いったいどういった事なのだろうか。忍は簡単に連れ去られる様な者ではない。
それに、いったい誰に?
余計に眉をひそめるアタシに、忍は不機嫌そうな顔になり可愛気なく答える。
「…東宮によ!!」