平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
視覚がはっきりとし、まずはじめに見えたものは、ようやく見慣れてきた御帳台。
そのままそこで、何度か瞬きをし、まだまだ怠く凝っていた首を横に向ける。
何の気配も感じられなかった母屋の向こう、御笥の向こうに懐かしい姿が見えた。
「…ち、ちう…え」
どれくらいの間、声を出していなかったのかは分からないが、私の口から発せれた声は、くぐもり擦れとても小さな声だった。
アタシの微かな声に気付いたのか、父上は閉じていた瞼を開け、父上にしては珍しくほっと息をついた。
「この寝坊助が…。皆様に迷惑をかけおって」
そうやって、今度はアタシを軽く嗜めてから「女房方を読んで来よう」とそのまま席を立っていった。
まだ身体を少し動かすだけで、相当な体力を消耗する。
アタシは一体どれくらいの間、気を失っていたのだろうか…
なかなか回らない頭で、そんな事を考えていると、遠くの方から駆けるような衣擦れの音が聞こえたと思うと、それは直ぐに母屋の中に入って来た。
「女御様っ!!」
柊杞を先頭に、何人もの女房が顔を見せる。
「ようございましたっ……もう何日もお目覚めにならず、心配で心配で…本当にようございました……」
柊杞は瞳に涙を一杯に溜めて、それでも泣くまいと目を見開いている。
ああ、私はこの母の様な姉の様な優しい女性に、凄く心配をかけてしまったのだ。
「ごめんなさい」
「泣かないで」と柊杞の頬をつたってしまった涙を、指ですくう。
そこではっとした柊杞は、顔を背け自身の単衣の袂で目を押さえ、直ぐに声を張り上げる。
「なっ何をしておるっ!!早よう東宮に連絡をせぬかっ!!」
「申し訳ございませんっ!!」
柊杞のその声に、涙を流していた女房達も驚き、それぞれ急ぎ支度を始めた。