平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
その後すぐに、女房に呼ばれた貴雄様がおいでになり、御笥の外に居た父上を伴って御帳台の側に腰を降ろされた。
「女御…本当に良かった。もう十日以上も眠ったままで、私は心が潰れる思いだった。」
と、心底ほっとした様子でアタシの手を握る貴雄様に、アタシは心配していただいた事が嬉しく、疲れた顔ではあるが静かに微笑んだ。
そんなアタシと貴雄様に、居心地が悪くなったのか、父上がこほんっとわざとらしい咳払いをする。
「宮様は気を失った、貴女様を自らここまで運んで下さったのですよ」
そうやって、貴雄様に見えないようにアタシを責めるようにする父上など、今は本当にどうでもよく、思わず腕に力を込める。
…が、全くと言っていいほど、力が入らず少し頭が浮くだけに留まった。
「貴雄様、そのようなご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんっ」
アタシはなんて事をしてしまったのだろう、アタシの様な身分の者が貴雄様のお手を煩わせてしまった。
大変な事をしてしまったと、顔を歪めるアタシに貴雄様は「いいえ」と優しく微笑まれる。
「気に病まないで、よろしいですよ。当然の事ですから。それに貴女の体調に気付けなかった私にも、非があります。」
そう言って申し訳なさそうにする貴雄様は、何も悪くはない。
ただ、貴雄様の言っている事に一つだけ間違いがある。
「…貴雄様、その…体調の事ですが、ワタクシは病などではございません。」
今までより、真面目な顔をするアタシに貴雄様は、「どういう事だ」と言う顔をする。
「…っ」
もう一度口を開こうとするアタシに、父上の声が重なる。
「宮様、ここからは私がお話いたしましょう」
父上までもが真面目な顔になり、ゆっくりと頷くので、貴雄様も何かを感じとり顔を引き締める。
「宮様、女御様は決して病などではございません。今回の事は…」
瞼を閉じ、一呼吸おいてから、父上が口を開く。
「……これは呪咀です」