平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
「……呪咀」
貴雄様からぽつりと呟かれたその言葉は、諦めにも近いように聞こえた。
アタシと父上が黙って頷くと、貴雄様は静かに瞼を閉じた。
「…遂に…」
吸い込んだ息と一緒に、静かに……本当に静かに深く吐き出した。
「……来たか」
そう、これは何れ来るとは分かっていた。
ただ、アタシが想像していた物よりもとても幸せな内裏での生活で浮かれていた自分に非がある。
アタシは何時、誰に殺されようがおかしくない身分である事を忘れていたのだから。
だから、だから貴雄様がそんな顔をしなくてはよいのだ。
こうなる事は、アタシの入内が決まった時点で決まっていた様な物だったのだから。
────そして、誰もが分かっていた事だった。
穏和で優しげな貴雄様の顔に陰りが射す。
正直な所、アタシは貴雄様のこんな所は見たくはなかった。
そして、それはアタシが原因なのだ。
考える事を止める事が出来れば、貴雄様が自分の心配をしてくれている、と幸せな心地でいられるだろうが…
開かれた貴雄様の瞳の奥に不穏な物を見出だし、そっと貴雄様の手に自分のそれを重ねる。
「貴雄様…」
アタシの声に、貴雄様は哀しげな表情を向ける。
それでも、アタシを心配させないようにか、さっと笑顔を乗せる。
「ん?」
でも、貴雄様……その笑顔は見ていると辛い。
でもそれは、アタシの我が儘なのだけど。