平安異聞録-お姫様も楽じゃない-



「ワタクシは大丈夫です。」



どうぞお気に病まないで下さいませ、と笑みを作ると、貴雄様は一瞬目を見開き次に目を伏せて眉を寄せられた。



「女御……」



小さな呟きと共に、私から重ねた手をぎゅっと悔しそうに握る。



そんな貴雄様を見るのが嫌で、もう一度笑みを作る。



アタシは陰陽師だもの。実際に呪咀をかけられたのは初めてだが、自分で何とか出来るはずだ。



何しろアタシは安倍の一族なのだから、一介の陰陽師の呪咀で死ぬ事はないだろう。



………まあ、一介の陰陽師に遅れをとったのはアタシなのだが。



「大丈夫です。」



そう、もう一度アタシが言おうとすると、それを遮る声が上がった。



「大丈夫ですよ。私にお任せ下さい、なんせ元陰陽頭。宮中の事はお手の物でございます。」



その、物を言わせぬ口振りに「今回は大人しくしていろ」と言う父上の言葉を訊いた。



「晴明……」



その言葉に貴雄様は「頼むぞ」とただ一言、頭を下げるのだった。



にこにことそれに頷いた父上は、そうだと話を一転させた。



「私の愚息が、この春元服しまして、名を吉平(ヨシヒラ)と吉昌(ヨシマサ)と改めてました。二人とも女御様にどうぞよろしく、と」



ああ、もうそうなるのか。きっと桂が吉平で榊が吉昌なのだろう。二人の今後が楽しみだ。



「ご健勝を祈っています…とお伝えください。」



アタシがそう言うと、父上は先程よりも目を細くして頷いた。



「それでは、私はこれで。女御様はどうぞゆっくりと静養なさってください。」



そう言って頭を下げ、退出しようとする父上に柊杞の鋭い声が飛んだ。



「殿」



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