平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
アタシの訴えに父上は、ただ淡々と答える。
「…ええ、まだ一月でございますので、薬師は判断に困っておりましたが、私も薬師も懐妊は確かだといたしました。」
父上の説明を聞いても、驚いて何も言う事が出来ない。
ただ、父上の言う事が本当ならばここに……アタシの中にもう一つの命が入っているのだ。
ゆっくりとお腹に手を当ててみるが、当然何も感じる事は無い。
ただ、アタシの中にとてもちいさくとても儚い命があると言うのなら、アタシはこの自分の分身とも言えるこの命を命に代えても守りたいと思う。
ああ、これが世の母親たちの子を想う気持ちなのだろう。実感はわいてこないが、私は確かにそこにある命を愛しく思うのだ。
それは本当に不思議なものだ。
お腹に手を当てる私を父上は優しく微笑み、貴雄様へと向き直る。
「この御子懐妊の件は、世間からどう受け止められるかは容易に想像できます。どうぞ女御様の事をお頼み申し上げます。」
そう言って深々と頭をさげる父上に貴雄様は真剣な顔で頷く。
「承知しておる。女御もお腹の御子も私が守る。」
貴雄様の言葉に父上はほっとした様に笑い、では今度こそ本当に、と御簾の内から出て桐壺を下がって行った。
「……女御、私は暫くは懐妊の件は伏せておこうと思います。」
せめて確かな症状が出るまでは、と貴雄様が確認する様に頷く。
ただ……
「伏せてはおきますが、懐妊の事実は変わらない……くれぐれも無茶だけはしない様に」
都に抜け出した夜の私を知っている貴雄様は、威圧する様ににこりと微笑まれる。
その何も逆らえない様な雰囲気に、私は苦笑いで頷く事しか出来なかった。
「そなたもいいですね?他言は無用です」
今度は柊杞にも言い聞かせる貴雄様に、本当にしっかりしてる………と言うか、この国の頂点に、何人もの者の上に立つべき人なのだなと思った。