平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
ただ、貴雄様の意外な程の世話焼きぶりをくすりと笑うだけだったはずなのだが、胸の下あたりから込み上げてくる物があった。
「っ」
「何故笑うのです」と少し非難の色を見せる貴雄様は私の異変に気付き、私を支える様に両腕で私の方に触れるのだが、その時に起こった風でさらに気分が悪くなる。
「女御?大丈夫ですか?」
私を気遣って下さる貴雄様の胸を軽く押しつつ、袖で口元を覆い「大丈夫」と言う様に首を数回、横に振る。
「大丈夫なものか」と言いながらも、貴雄様は近くに控えているであろう女房を呼ぶために声を張り上げる。
「香久山っ」
貴雄様に呼ばれて女房は一言断り、直ぐに母屋に入ってくる。
「如何なさいましたか?」
私達の側近くまで寄ってきた、女房はじっと私の様子を見ると何かを了解した様に私の背に触れる。
「東宮、少しお離れ下さいませ」
きっぱりと言い切った女房に貴雄様は、何時もより幾分か低い声音で「何故?」と問い掛ける。
「東宮の香の薫りは身籠っている者には少し、辛うございます。早く離れてくださいまし。」
全く貴雄様の身分に恐れをなさない、その物言いに感心しちらりと女房の横顔を盗み見るとそれは忍だった。
こんな状態でも、なるほどなと納得している自分に心の中で苦笑してしまう。
きっぱりと言い切った忍に、貴雄様は二の句を繋げずぐっと押し黙り、渋々といった体で母屋の端まで引き下がった。
それを確認して、忍は私の脇の下に手を差し入れ、抱き抱える様にして私を立ち上がらせる。
「少し外の空気をお吸いになった方がよろしいでしょう」