平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
藤壺に入内された右大臣の一の姫は、まだ若干十二歳。
直ぐに御子がどうこうとはならないだろうが、桐壺の女房たちは日が暮れてからはため息ばかりついている。
貴雄様からは、日暮れ前に「お身体に気をつけて」と言う内容の文が届けられたが、それ以外には藤壺の女御の事にも何にも触れていなかった。
その日は何もなく、何時ものように過ぎて行った。
ただ、藤壺の女御が入内してから三日目。三日続けての御召しも最後になった日のお昼になろうか、という頃に何のお触れもなく貴雄様がふらりと桐壺に現れた。
貴雄様は何時もの優しい風貌ではなく、何事か心配をされている様で少し力ない様に見える。
突然の事ではじめは驚いていた女房たちも、さっと身の回りの物を片付け貴雄様を奥へと迎え入れる。
「如何なさいました?」
私がそう声をかけると、少し笑みを作り首を振る。
「いいえ。私の事よりも貴女はどうですか?お身体に大事はありませんか?」
膝の上に置いていた私の手に自分のそれを重ねる様にしながら、首をかしげる。
「お陰様で、私もこの子も大丈夫ですわ」
お腹に手をあてる私に、貴雄様は「それは良かった」と頷かれるのだが、また直ぐに心配顔に戻ってしまう。
「どうかなさいました?」
もう一度問い掛ける私に、貴雄様は一瞬考える素振りを見せられたが、すぐに何時もの優しい顔に戻られる。
「いえ、ただ貴女のお顔を見たくなっただけですよ。」
そう言って微笑まれる貴雄様に、もう何も言えなくなり私も「まぁ」と笑う事しか出来なくなった。
それから四半刻ほど話、貴雄様は職務に戻っていかれた。
私はその後も、貴雄様のあの表情が気になっていた。
それでも、顔には出さないつもりでいたのだけれど……
「気になるわね」