平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
それを呆然と見送った私を引き戻したのは、遠くから聞こえた叫び声だった。
「っ」
ぱっと顔を向けると、女房たちも何やら不審気な顔をしている。
そして、床に手をつき立ち上がりかけた私を諫める声が響いた。
「なりませんっ」
振り返ると柊杞が怒った顔も厳しい顔もせず、ただ淡々と私を見つめている。
「女御様、なりませんよ」
そうもう一度言うと、柊杞は立ち上がり私の側まで寄ってくる。
「女御様、貴女様はもう貴族の姫などと軽々しい身分ではございません。それに、もうお一人の身体ではないのですよ?」
今までの様に見逃す訳にはいかないのだ、と柊杞は言っている。
「何か不穏な事があったのなら、直ぐに陰陽寮から人が駆けつけましょう」
だが、それでは間に合わないかもしれない。私は近くにいるのにっ
私の不満気な表情を読み取ったのか、柊杞は一度目を伏せ軽く息を吐き出す。
「女御様、内大臣様の事もお考え下さいませ。」
「…」
軽々しい行動をとっては、お祖父様にも世間の冷たい目が向いてしまう。
唇を噛み俯く私に柊杞は、幼い子供を慰めるよう様な優しい声を出す。
「大丈夫です。陰陽の頭がついているのですから」
勢いの無くなった私の肩に触れ、そうでしょうと微笑む。
「…ええ」
ごめんなさい、と詫びれ元の場所に居住まいを正す。
「青龍」
一声かけると、直ぐ様そこに青龍が姿を現した。
「少し内裏の様子を……」
私が途中まで言うと「承知した」と言わんばかりに口の端を上げ不敵に笑うと、青龍は姿を消した。