平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
「女御様…」
その張りのない声を訝りながら、柊杞を振り返る。
目に入った柊杞は青い顔をしており、目を泳がせている。
そして、柊杞が手をついている数歩後に佇む姿を認めて、私も直ぐに柊杞と同じ顔になる。
空気が凍ったのを感じてか、吉平と吉昌も顔を上げる。
貴雄様が一歩踏み出すと同時に、二人は貴雄様の高貴な雰囲気に気付いてか、平身低頭しながら物凄い勢いで下がる。
そして瞬時に現れた貴人がさっと上げた御簾の下をくぐり抜ける。
貴雄様が私の隣に腰を落ち着けるまで、重い沈黙が続いた。
ここは、何を言っても言い訳にしか聞こえないだろう。それこそ変なことを口走ってしまうと、この二人はおろか一族にも迷惑がかかるかもしれない。
「そう言えば、貴女の弟君は陰陽寮でとても優秀だと、噂がありましたね」
貴雄様の何もなかった様な物言いに、意表をつかれながらも口を開く。
「…恐れ多い事です。」
ちらりと貴雄様の顔を伺う私に、にこりと笑うと御簾の向こうで固まったままの二人に声をかける。
「桐壺に物の怪が出たと聞きました……今、女御は身重の身。女御とお腹の子には何もなかったのであろう?」
びくりと肩が動いた二人に、貴雄様は続ける。
「初めての事ばかりでは女御も気が、滅入ってしまうだろう。其の方達安倍の陰陽師を頼りにしているぞ」
そう言うと、貴雄は私の手を握り目を細めた。
何も言わなくて大丈夫です、と言うその目に私は胸をなでおろしたのだった。