平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
都ならではの、籠もった暑さに身体は弱っていくばかりだ。
お腹に子がいると言うのは、ここまで暑いものなのか。
とにかく暑い、ここ最近は雨もなく風も吹いていない。
一気に食が細くなってしまった私には、多方面からの心配の声が上がってくる。
お祖父様は、とにかく何か食べなさいと氷を届けて下さったし、麗景殿の女御様からは、上質の絹の単衣を頂いた。
もちろん、母上もこの辛さを知っているため、少しでも楽になるようにと、何度も何度も父上を参内させていた。
当の父上は、こんな物は私も手を付けようがない、と呆れていたが「白虎にでも風を起こさせてはどうか」などの戯れ言を残して行った。
貴雄様も、一日のお勤めの後には必ず姿を見せて気遣って下さる。
更衣が一人増えた今では、当代の東宮の寵愛を一身に受けさぞや右大臣もやきもきしていらっしゃるだろう、などといった噂も立っている。
だが、貴雄様は他のお二方も同じくらい大事にしておられる。
それに、右大臣が何も言ってこないのは、東宮は桐壺の怪しい美貌に充てられたのでは?などといった噂も密かに回っているせいもあるのだろう。
狐の子という安倍晴明を父に持つため以前から、人の括りから抜けた美貌やら、天女と見まごう美しさやら大袈裟な噂があったのだ。
今さら怪しい美貌など、どうという事もない。美しいと言って貰えるのなら、有難く受け取っておこうではないか。
そう思いながら寝返りをうち、目立ちはじめたお腹を一撫する。
体調の思わしくない私は近頃、昼から夕刻にかけて御帳台で過ごす事が多くなっていた。
だが、そろそろ柊杞が様子を見にやってくる頃合いだ。
「暑い……」
呟いた時、ふと空気が動いた。
「姫、六合からですが藤壺の様子が思わしく無いようです」
枕元にすっと現れた貴人に視線を向ける。
「ですが、まだ気配だけで何か起こる事はないだろう…と」
起き上がる私に手を貸しながら、姫が出ていくまでもありませんと告げる。