平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
渋る私に貴人が続ける。
「それに、姫はもともとお身体が丈夫な御方。寝込んでしまうなど、本当に疲れておいでなのでしょう」
貴人の言うとおりだ。加えてお腹に子が宿ってからというもの、体調を崩す事が続いたのも否定しない。
本当にお腹の子が健康なのかも、心配だが父上が何も行って来ないのだから危ないわけでもない。
藤壺の女御………
ため息をつき顔を上げる私を、貴人がじっと見つめる。
「……分かったわ。貴女の言うとおりにします。」
どうせ此処に居ても、藤壺の女御を直接視る事は出来ないのだ。
それなら安倍邸に比べたら劣るが、多少なりと占具や書物がある二条の邸に下がった方が何か分かる事があるかもしれない。
予想外に素直な返事に、貴人はほっとした表情を浮かべる。
「それなら、早速晴明様に伝えて参ります。晴明様が二条の方々にお伝えくださいましょうから」
と貴人は、代わりに天空を置いて姿を消した。
落ち着きのある貴人の意外な行動力は、それほど私を心配してくれていたからだろう。
手をついて立ち上がろうとする私を、天空の腕が支える。
「天空、その几帳の下に置いてある衣を取ってくれる?」
そう言うと、直ぐに実行すべく背を向けた天空をくすりと笑う。
言葉を発するところは今だに見たことがないが、天空は気が利きとても優しい。
言葉を交わせたら、もう少し親しくなれるかもしれないが、こんな天空も見ていて可愛らしいから何も言わない。
…まあ、本人に可愛らしいなど言ったら、流石に非難の言葉くらいはあげそうだが。
天空が取ってきてくれた衣に袖を通し、御帳台を出ると少し離れた所で繕い物をしていたらしい右近が顔を上げる。
「まあ女御様、如何なさいました?」
いつもよりも、身を起こしたのが早かったからか、驚く右近に「今日は幾分涼しいですから」と返し、御簾に近づく。
此処からは藤壺の様子を見る事は出来ないのだが。