平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
気だるくはあるが、瞼を開き口を開く。
「…たくしは、貴雄様の優しい笑顔、を…見ていたいだけ」
「我儘なのです」
あの優しい笑顔を曇らせるものを、私が容せないだけ。
それなら、貴雄様に降り掛かるものは私が全て振り払う。
それは闇を扱う私の役目だ。
こんな事を口にしたら、貴雄様は大層哀しまれるだろうが、貴雄様の……貴雄様の縁近き者の為ならば、我が命すら棄ててもよい。
自分がこの様な人間だったなど、驚きもあって面白いな。
きっと藤壺の女御は直ぐには立ち直れないだろうが、徐々に笑顔を取り戻してくれるだろう。
貴雄様が居れば大丈夫。
あのくらいの年頃の娘に憂いた表情は似合わない。からりとした笑顔が一番魅力的なのだから。
その様な事を考えながら、私は意識を失っていった。
身体に長い間あった苦しい者が消えている気がする。また、頬に優しい温もりを感じた。
うっすらと目を開けると、そこは御張台で辺りを見回すと、少し離れた所に東宮様と……その腕に抱かれた人がいた。
此処からは聞こえないが、腕の中のその方が東宮様に何かを言っている。
そして私の視線を感じたのか此方へと目を向けてくる。
どきりとした。
私はまだ幼く、お二人の雰囲気は私から縁遠いものだ。
目が合った。
見ていては駄目だったのだ。
だが、予想に反してその方はとても優しい笑みを残し、そのまま意識を手放された。
東宮様はそのまま優しく抱き締められる。
そうか、あの方が桐壺の女御様なのだ。東宮様のあの慈しみようは、それ以外は考えられない。