平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
被衣を被った女性の所まで、牛がゆっくりと進み歩みを止める。
牛車の周りにはたくさんの人が居る。……私が直接声をかける訳にはいかないだろう。
私が頷くと式はもう一度車の外に向かい、口を開く。
『其処のお方、大丈夫ですか?』
御簾の限界まで側により、女性の様子を窺う。
式の声にはっとした様に上げられた顔は、薄らと涙が滲んでおり、恐怖のためか少し青白い。
歳の頃は昨夜、予想外の会合を果たした藤壺の女御と同じか、少し下か。
色も白く鼻筋がすっと通っており、将来が楽しみな容貌。
だが、それ以上に驚いた事がある。
もしや───
少女の側に誰にも気付かれぬ様に立っている太陰に、どうやって伝えようか。
考えた末に、まだ車内に残っている雑鬼の背を軽く叩く。
気付いた雑鬼が顔を上げると、無言で太陰へと視線を投げる。
それで了解した雑鬼がこくこく、と何度も頷き牛車を飛び降りる。
「じゃあな聖凪っまた遊ぼうな」
雑鬼に話を聞いた太陰が車の内へと戻って来る。
「いかがしました?」
問うてくる来る太陰に、檜扇を広げこっそりと伝える。
先程までとは違い、皆がこの車に注目している。あまり声を出さない方がいいだろう。
「あの少女を先回りして二条のお邸へ」
その言葉に、流石に太陰も目を見開く。
「…それは一体どういったお考えで……?」
「それは……そうした方が良いと思ったからよ」
曖昧な変事しか帰さない私に、太陰はすっきりとしないようだ。
「しかし、いきなり私が現れれば驚くのでは?」
「大丈夫、私の考えがただしければあの少女は貴方の存在にもう気付いているわ。まぁ、二条のお邸に連れていくと言う事には驚くでしょうけど」