平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
巨椋池に近づくに従い、朱雀の気配が強くなっていく。
そして、解放された焔の熱い空気が頬を撫でる。
巨椋池の畔に降り立つと、池の中心で力を解放していた朱雀が目だけを伏せ、大丈夫ですと伝えてくる。
十二天将の気がこれだけ強く解放されているのだ、人外のものの心配は大丈夫だろう。
「天空、青龍、太陰、池の周りに近づく者がないよう見ていて」
それだけ聞くと、姿を現していた天空と喚ばれた青龍、太陰の気配が遠退いて行く。
そして、玄武の側で未だに状況が理解出来ずに固まっている少女と目線を合わせる。
「都は暑くて、気が滅入ってしまうでしょう?」
おずおずと頷く少女に、一つ頷きそれまで着ていた単衣を貴人に渡す。
肌着一枚になり、池へと足を踏み入れる。
池は朱雀の力のお陰か生ぬるく、お腹に刺激がない事が安心だ。
胸の辺りの深さまで進むと、深く息を吸い込み瞼を閉じる。
よく考えたら禊など、生れて初めて行う。
これだけ妖だの物の怪だの、鬼だのに近い生活をしながら笑える話だ。
心を無にし、ただ願う。
神の御加護を
時折起こる波に身を任せ静かに揺られながら、幾何かの時を過ごす。
神聖な空気と、朱雀の気を感じながら身体が軽くなってきた頃、自然に起こったものではない波が近づいてきた。
瞼を開き其方へと目を向けると、玄武か貴人に促されたか、はたまた自分の意志でか、少女が自分と同じ格好で手を合わせていた。
もし二人に促されたにしろ、行くと決めたのは少女自身だ。
それを嬉しく思いながらもう一度瞼を閉じる。