平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
だいじょうぶ──
とでも言う様に、子供がお腹を数度蹴る。
蹴られた箇所がいとおしく、辛い思いをさせてごめんなさい、とお腹を撫で返す。
空を見上げ月の位置を確認する。
私はどれだけの間、禊をしていたのだろうか。まだまだ日が昇るのは早い。
女房達が起きだす前に邸に戻らなくては。
岸の方へと振り返ると、私のすぐ近くで少女が静かに涙を流しながら目を閉じていた。
声をかけるか迷っていると、視線に気付いた少女がゆっくりと目を開く。
「私を連れて来て下さってありがとうございました」
そう言って、ふわりと微笑む少女はつきものが落ちた様にすっきりとしていた。
きっと、今の時間で心が定まったのだろう。
まだ哀しみが消えた訳ではないだろう、だがこの少女は強い。
そう感じるものがあった。
ほっとして頷き返すと、少女の背に手を添える。
「さぁ、急ぎましょう。邸を抜け出した事が知れてしまったら、雷が落ちるわ」
私の冗談に少女は笑うと、はいと頷き歩みを進めた。
岸に着く頃には、朱雀も私の側に戻っておりにこにこと頬笑んでいる。
「お二人共、先程より軽く感じます」
「朱雀のお陰よ、ありがとう」
「それより朱雀、貴女の気でお二人を乾かしてさしあげて」
私と玄武ではどうも…と笑う貴人に朱雀は頷くと、もう一度力を解放し熱気で濡れた身体を乾かしてくれる。
ここに白虎でも喚んだらあっという間だろう、と考えていると、玄武がそれは止めておけと首を振っていた。
すっかり乾くと単衣を着るのを貴人に手伝って貰い、辺りに散っていた天将を喚び戻すと、巨椋池をさっと後にした。