平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
「一条の邸に行けば、もっと多くの書物があるのだけれど…」
広げた巻物を整えながら、ため息をつく私に真子は背筋を伸ばす。
「いえ、私などまだまだです。今ある書物だけでも頭が一杯で」
「もっと精進いたします」と意気込む姿が微笑ましい。
朝は柊杞や才ある女房と共に歌や琴などを昼すぎからは陰陽道を、と真子は勉学に励んでいる。
加えて女房達の手伝いも遣っている。
真子を女房にする気は更々ないのだが、それでは本人の気がすまないようだ。
日が傾く頃になると、こちらも勉学を終えた卓巳君が駆けてくる。
卓巳君も同じ年頃の女童よりも、少し歳上の真子の事をとても気に入っている。
少し前まで、「あねうえ」と駆けて来たのが最近では「あねうえ、りうこうは?」に変わってしまった。
そして当然、卓巳君と一緒にやってくる卓巳君の乳母は、いつも切なそうな目を真子に向ける。
真子や卓巳君はそれに気付いてはいない、そして乳母は私が見ている事に気付くと、笑顔を乗せて誤魔化すのだ。
同じく気付いている柊杞と目を合わせて、首を傾げるのだった。
身近な者を裏で詮索するのは嫌いなのだが。
夜になり横になる前、側に柊杞だけを呼びよせる。
「卓巳君の乳母殿……あの子に向ける目が気になるわね。母君の身内であるとか……」
真子の素性を知る者など、いるはずはないのだが、どう言う事か。
「それとなく、事情を知る者に聞くか、本人に伺って貰えるかしらか?」
「分かりましてございます。……女御様はお眠りください」
一礼する柊杞に笑って頷き、御帳台に入った。