平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
琴だけを見つめている真子は気付かないが、右近がちらりと視線だけを投げる。
檜扇で口元と耳元を隠すようにして、口を開く。
「…続けて?」
柊杞はこくりと頷くと、自分が聞いて来た事を話だした。
「始めは安芸の方に聞かず、周りの者に聞く事にしておりましたが……」
それだけ言って、柊杞は一度目を伏せる。
「……姫君が亡くなられたと、聞きまして先程当人に聞いて参りました」
それだけで真子を見つめるあの表情にも納得がいく。
卓巳君の乳母になったのは確か太郎君が生まれた時だったはずだから。
「利宇古宇の姫の事を口にだすと、はっとして居られました。そしていつもの様に、大層切ない顔をされておいでで……」
「その亡くなられた姫君に利宇古宇の姫が、まるで生き写しの様だと」
話していて自分まで辛くなったのか、柊杞までもが涙ぐむ。
きっと、私の乳兄妹である息子の事を考えているのだろう。
「女御様、女御様は利宇古宇の姫を出来れば安倍家の養子に、と考えていらっしゃるのでしょう?」
長年側に付いていた柊杞だ。見破られて当然か。
「中将、貴女が言いたい事は分かっているわ」
「女御となられた今はお家の事を第一に……そうです。言い方は悪いですが、何処の馬の骨とも知れない娘を女御の義妹とするわけにはまいりません。」
強い眼差しを向けられて、私は「そうよね」と伝える事しか出来ない。
「利宇古宇の姫をいっぱしの殿方の北の方にしたいと言う気持ちは分かります。ですが私の身分では少々……」
柊杞の中将の君とは、父君の官位名だ。だが柊杞は妾腹の子で、父君には北の方や他の方にもたくさんの子がいる。
また柊杞自身も本妻ではない。
──柊杞の考えが分かった。
「安芸の方ならば、利宇古宇の姫を大切にしてくれるでしょう」