平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
そろそろ日が暮れるだろうと言う頃、卓巳君は渋々といった体で対屋を後にした。
卓巳君が乳母と共に妻戸を越えると、その背後にふと白いものが寄り添った。
こちら側から見えたのはほんのまばたき一つの間。だが見間違いではないだろう。
「………生まれた日、ね」
生まれたばかりの我が子に視線を落とし、自嘲めいた笑みを浮かべる。
私もきっとそうなるだろう。
この事は私の胸の内にしまっておく事にでもしよう。
「参内の件について、お祖父様は何と?」
遣いにやっていた右近を呼ぶ。
やってきた右近は呆れた、という表情をしており、言葉を濁す。
「…それが、」
言い淀む右近に柊杞は思い当たるふしがあったのか、小さくため息をつく。
「大殿は姫宮様をいつまでも側に置いておきたいのでしょう。………女護様の時もそうでしたから」
口を開く柊杞に右近は「そうなのです」と言うように何度も頷く。
「お祖父様もお年だもの、そうなってしまうのもしょうがないでしょうね」
お祖父様の姫宮への相好を思い出し、笑う私に柊杞が顔を顰める。
「本当に大殿、殿、女護様と気儘に生きていらっしゃる事で」
大殿には私から伝えて見ます、とそれでその話は打ち切りとなった。