平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
夜も更け、辺りが静まり還った頃、ふと目が覚めた。
こんな事は本当に珍しく、首を傾げるが、何となく胸が騒ついた。
予感がしたのだ。
あり得ない事だとは分かっていても、心の奥底が否と言っている。
とうに忘れた筈の匂いに、温もりに包まれた気がして無意識のうちに口を開いた。
「ははうえ」
『卓巳君』
懐かしい声が頭に響いたかと思うと、淡い光に包まれた輪郭が浮かび上がった。
『逢いたかった』
どんなに焦がれても会う事の適わない筈の人物。
「……は」
「ははうえ、ははうえ、ははうえっ」
大きく見開かれた瞳から大粒の涙が次々と零れ落ちる。
隙間も無いほどに、強く強くしがみつく息子を抱き締める母をさらに大きな腕が包み込む。
『立派になりなさい。卓巳君』
「ちちうえっ」
言葉では言い表わせない程に好きな二人に更に強くしがみつく。
母上の腕の中は柔らかくて、温かくて、とくんとくんと規則正しい胸の音を聞くと、どんなものよりも安心出来る。
父上の、逞しくて力強いに腕に憧れていた。
例え短い夢のようなものでも、とてもとても幸せだとおもえる
ははうえ、ちちうえ──────