平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
「桐壺も随分と懐かしいものですわね、女御様」
姫宮を連れての参内に柊杞は、どことなく誇らし気に胸をそらしている。
そんな柊杞がおかしく、笑っていると、どうやら柊杞の目は真子へと辿り着いたようだ。
「利宇古宇の君、その様に俯いてばかりいないで、しゃんとしなさいな」
「は、はい」
名指しされた真子はおどおどと顔をあげる。
この奥ゆかしさといい、真子は本当に姫君らしい、姫君だ。
桐壺で普段使っている北の棟に入ると、懐かしいお香の匂いがしたかと思うと、此処に居るはずのない人物が几帳の影から現れた。
私も女房達も目を見張る。
もともと桐壺に居た女房達は、目を逸らし微妙な顔をしている。
対する当人は、そんな周りを全く気にする事なく優しく微笑んでいる。
「逢いたかった」
伸びてきた腕に、思わず目を反らしてしまう。
「薄情なお人なのですね」
「っ」
そういって、先程よりも近付いた顔に後ろから息を呑む気配がする。
堪えられなくなったのか、真子は赤面し、顔を袖で覆ってしまっていた。
赤面したいのはこっちなのだが。
「…このように人の多いところで、そのような…」
顔を背けると、貴雄様様はからからとお笑いになる。
「申し訳ありません、本当に久しぶりなのでつい」
貴雄様はそう言うと私の手を引き、母屋へと入って行く。