平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
腰を下ろし、落ち着くと貴雄様は辺りをきょろきょろと見回す。
その仕草に控えて居た女房達の表情も和む。
「姫宮は?」
そう口にする貴雄様は落ち着きがない。
私が頷くと、乳母が姫宮を抱いて現れる。
「姫宮?」
乳母から姫宮を受け取った貴雄様は優しく顔を近付けられる。
姫宮の頬にそっと自分のそれをお付けになり、たいそう優しい顔で微笑まれる。
暫く姫宮を抱いたあと、
貴雄様は悪戯っぽい笑みを浮かべ此方へと向き直られる。
「どうやら姫宮は貴女よりも私に似ているようですね」
きっと父想いの優しい子に育ちますよ、と笑われる姿に少しだけほっとする。
「それはそうと、ご公務は宜しいのですか?」
ひとしきり落ち着いたところで、一つの疑問を口にする。
まだ日も高い。
東宮たる貴雄様は当然、やらなければならない事が沢山ある筈。
貴雄様は乳母に姫宮を任せると、私の耳元に手を寄せるふりをなさる。
「しっ、先刻、やっとの思いで供を振り撒いて来たところです」
またもや子供の様に笑われる貴雄様に、女房達のくすくすと言う笑い声がちらほら聞こえる。
「でしたら、そろそろお戻りになった方が宜しいのでは?」
そう進言すると、貴雄様は私の膝に手を置かれる。
「貴女は酷いお人ですね、まだ逢ったばかりだと言うのに」
「しかし、居場所は割れていましょう。でしたら迎えが来る前に自らお戻りになった方が、男らしいと言うものです」
そう言うと、貴雄様はじっと私の目を見つめられ、ふっと微笑まれる。
「そうですね、姫宮にも貴女にも嫌われたくない」
まぁ、と笑うと貴雄様はうんうんと頷かれる。
「では戻ります」
また一つ優しい笑みを残して、貴雄様は颯爽と桐壺を出ていかれたのだった。
それからすぐ、四半刻もしないうちに、貴雄様を捜して役人が現れると、桐壺の女房達がくすくすと笑い声を上げるのだった。