平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
「──姫は息災か?」
ふいに声を掛けられるが、アタシの口から出た答えは全く質問とは違う物だった。
「内大臣になられたのですか?」
質問をもって質問で返すアタシに、お祖父様は一瞬動きを止めていた。
「…ぁ、あぁ先日お上より承ったのです。」
お祖父様は本当に嬉しそうに「このような老いぼれに…」と小さく呟き、目元に涙を浮かべていた。
「おめでとうごさいます、お祖父様。…ですから、老いぼれになどとおっしゃらないください。まだまだ、お祖父様もお若いのですから…。」
「姫は嬉しい事を言ってくれる。これも晴明殿の教えが、良かったからだろう。この実信(サネノブ)、心より礼を言うぞ。」
と、頭を下げるお祖父様に、お父様は慌てて「そんな頭をお挙げください。」と言っていた。
「…まことに、いつ入内してもおかしくない、素晴らしい姫じゃ。」
さらりと言ったお祖父様の言葉に、今度はアタシが固まってしまう。
「御義父上様、その事に関してですが…いささか急すぎるのではありませんか?」
アタシに代わり、お父様がお祖父様に訴えてくれる。
するとお祖父様は、先程と打って変わって真剣な声音になった。
「嫌、急がねばならないのだ。晴明殿も水無月に先の東宮が亡くなられたのは存じておろう。…そして、今度その兄君の宮が東宮に成られることになったのだ。」