平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
「貴女は…?」
「っ!?」
急に発っせられた声に、思わず振り返ってしまった。
見覚えのある立ち姿に、なんだか懐かしい香の香り。
───そして、聞き覚えのある、優しい声。
「…っ!?貴女は、この間の姫君ではありませんか?」
やっぱり、この前の望月の夜に助けていただいた方。
また会うことがあろうとは…
被衣を深く被り直し、喉から声を絞り出す。
「っ…そ、その…この間は…っと、助けていただきありがとうございました。」
見知らぬ男の人と直に話すと言うことで、物凄く緊張した。
触らなくても分かるくらい顔は熱いし汗が吹き出る、女御様と対面した時以上に胸が音を立てる。
アタシの緊張が伝わったのか、その男性は「無理に話さなくても大丈夫ですよ」と気遣ってくれた。
「だ、大丈夫…です。」
大丈夫と言える程、大きな声ではないけれど…嫌、むしろ聞こえるか聞こえないかの声だが、頑張って言葉を出す。
「あの…貴方様のお名前は?」
一瞬、その男性は「虚を突かれた」と言えるように、表情が崩れたが直ぐに優しい顔に戻り、
「貴雄(タカオ)と申します。」
と、微笑んだ。
「たか、お…さま…。」
アタシの呟きに「ええ」と呟き、昼間の太陽の様に温かい笑みを浮かべた。
「よしなに。しかし、人に名前を尋ねておいて自分は名乗らないとは、礼儀に反するのでは?」
え?
アタシも、名前…言わないといけないの?
頭の血が一気に下がって行くのが分かる。