平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
この人が言っていることは正しい。けれど、もしアタシの素性が洩れてしまったら?
せっかく、アタシの入内を楽しみにしてくださっているお祖父様が、悲しむことになる。
それに、世間がなんと思うだろう。アタシ程、身分不相応な入内はないだろう。
それなのに、入内が決まった身で真夜中に共も付けずに、京の都を出歩くなんて…
アタシだけでなく、一族までもが蔑まされるはず。
そう考えると、とても情けなく意に反して涙が溢れる。
涙が零れないように、唇を噛み堪える。
すると、クククッと押し殺したような笑い声が聞こえた。
不思議に思い顔を上げると、貴雄様が片手を口元に当て笑いを堪えているところだった。
「…申し訳ございません。笑ってしまって、あまりにも深刻な顔をなさるので、つい…。」
「そんなっ…」
アタシは真剣に考えて、凄く悩んだのに、笑われるなんて。
「いえ…冗談ですよ。」
「え?」
「夜中に都を共も付けずに出歩くなんて、訳有の姫君に名前を尋ねるほど無情ではございませんよ。」
な、
最初から、からかっていたと言うことっ!?
「人をからかうなんて、出来たお方がする事ではないんではなくて?」
思わず、ツンッと言い返す。
…なのに、貴雄様はアタシの話など聞かずに自分の話を続ける。
「…それに、ここは安倍邸。最近、内大臣邸に移った年頃の姫が居るとか…」
「!?」