平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
紙で式を作ろうとしたが、それを取り止める。
こんな瘴気の中、容易に式など放てない。
自分の髪を、式を作るために用意していた小太刀で一本切る。
それに念を込め、外へと放つ。
「中将の君!!夜が明けしだい、安倍邸へ参ります。手筈を整えて!!」
「はい。」
「…右近、邸内で気分が優れぬ者がいるか、早急に調べてちょうだい。」
「分かりました、すぐに…」
起きている女房たちに、それぞれ必要な事を指示する。
アタシも女房に手伝って貰い、外出をするためいつもより多めに単衣を重ねる。
すると、お祖母様の所に仕える女房が駆け込んできた。
「姫様っ!!奥方様が、奥方様が急に苦しまれて…私どもも、一体どうすればよいか…っ!!姫様、力をお貸し下さい!!」
取り乱す女房に「大丈夫」と伝え、背中を擦る。
普段から病弱なお祖母様は、先程の瘴気に敏感に反応してしまったのだろう。
こちらの女房にお祖母様付きの女房を任せ、半ば駆ける様にして北対に向かう。
北対は女房が忙しなく動いており、誰ものが青い顔をしていた。
御帳台の側には知らせを聞いて急いで来たのか、寝着姿のお祖父様も控えていた。
「お祖父様!!」
アタシがお祖父様の側に駆け寄ると、パッと顔を上げ悲痛な声でアタシに頭を下げる。
「姫!!どうか、どうか北をっ、澄子(スミコ)を助けてくれっ!!」
アタシの肩を握るお祖父様の腕に力が入る。
「お祖父様、顔を上げてください!!大丈夫です、お祖母様はワタクシが御救いいたします!!」
お祖父様の手を握り、真っ直ぐにお祖父様を見返す。
直ぐに加持祈祷を行う。
───と、同時に対屋を何重にも結界で覆い少しの淀みもない、聖域の様な空間にしたのが良かったのか、お祖母様は直ぐに意識を取り戻した。
お祖父様からは、涙をぼろぼろと零しながら礼を言われ、少し驚いたが「当然の事です」と深く頭を下げた。