平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
お父様にも、兄上にも解らない、黒い影に包まれた元凶。
こうしている間も、都では瘴気が発生し続けている。
「陰陽寮の見立ては?」
「父上にも解らないのだから、あまり期待できる物ではないのは確かだね。」
やはり、そうですよね…。
「兄上、榊に注意して見てください。父上も気付いてはいない、と思いますので。」
突然飛び出た榊の名前に、「なんで榊?」と言う風に兄上は首を傾げる。
「今まで仕事をしていた父上や兄上よりも、ワタクシの方が榊の側にいることが多かったですから。」
兄上は「いいから続けろ」と、怪訝そうな顔をしながらも、沈黙をもって返す。
「…あの子の予言と勘は、あるいは父上をも凌ぐかと。」
「榊が…」
兄上は目を見開いた。兄上のこの様な表情は、久しぶりかもしれない。
「…もうそろそろ、俺も戻らないといけない。此処の事はたのんだよ?」
此処の事、と言うのは主にお祖母様のいる北対の事を言っているのだろう。
任せてください、の意味を込めてしっかりと頷く。
「……ところで、彼女は?」
立ち上がった兄上は、不意に玄武を指す。
「玄武でございます。」
玄武が目を伏せ、会釈程度に頭を下げる。
「そう、玄武かっ!!聖凪、俺の好みだよ。」
カラッと、爽やかな笑みを浮かべる兄上に、玄武は冷たい視線を送った。
「…兄上、今はそんな冗談を言える時では無いでしょう。早く出仕しなさいなっ!!」